「国旗損壊罪」は今の日本に必要なのか? この法律は誰のために作ろうとしているのだろう
国会では日々さまざまな問題が議論されていますが、その中で最近筆者が気になったのが「国旗損壊罪」の議論です。
正式には、「外国国旗損壊罪」に合わせる形で、日本国旗(日の丸)を故意に傷つける行為も処罰対象にするべきではないか、という話です。
しかし、この議論を見ていて正直こう思ってしまいました。
「本当に今の日本に必要な法律なんだろうか?」
もちろん、国旗を燃やしたり破いたりする行為を見て、不快感を覚える人は多いでしょう。ですが、その“嫌悪感”を国家が刑罰によって取り締まるべきなのかとなると、話は簡単ではありません。
今回は、そんな「国旗損壊罪」を巡る議論について、改めて整理しながら考えてみたいと思います。
なぜ今、「国旗損壊罪」を作ろうとしているのか?
まず、なぜこの法律を新設しようという話が出ているのでしょうか。
理由としてよく挙げられるのは、次の3点です。
① 外国旗との“法的不均衡”をなくしたい
現在の日本には、刑法92条の「外国国章損壊罪」があります。
これは、外国の国旗を侮辱目的で損壊した場合に処罰できる法律です。
しかし一方で、日本の国旗を傷つけても、同じように処罰する規定は存在しません。
つまり、
- 外国の国旗は守られる
- 日本の国旗は守られない
という状態になっています。
推進派は、この“アンバランス”を問題視しています。
② 国家の尊厳や名誉を守りたい
国旗は国家の象徴です。
そのため、国旗への侮辱行為は「国家そのものへの侮辱」だと考える人もいます。
推進派からすれば、
「自国の象徴が踏みにじられても何もしない国でいいのか?」
という感覚なのでしょう。
③ 国際基準に合わせたい
世界には、自国の国旗を損壊する行為を処罰する国も少なくありません。
ドイツ、フランス、中国などでは、国旗損壊への罰則があります。
そのため、
「日本だけが特別に緩い状態でいいのか?」
という声もあります。
しかし、この法案には強い慎重論もある
一方で、この法律に反対・慎重な立場の人たちが最も警戒しているのが、「表現の自由」です。
例えば、政治的抗議として国旗を燃やす行為。
それは過激で不快ではあるものの、「政治的メッセージ」として行われるケースもあります。
つまり、
「国家への抗議表現まで刑罰で取り締まるのか?」
という問題が出てくるわけです。
これは単なる感情論ではなく、日本国憲法21条が保障する“表現の自由”に関わる、かなり重いテーマです。
なぜ日本では今まで「国旗損壊罪」が作られなかったのか?
実は、この議論は最近突然出てきたものではありません。
長年、「作るべきだ」という意見と、「いや危険だ」という意見がぶつかり続けてきました。
それでも法制化されなかったのには、日本特有の事情があります。
① 外国旗を守る法律は“外交問題回避”が目的だから
ここは意外と誤解されやすいポイントです。
外国国章損壊罪は、「外国の国旗を大切にするための法律」というより、
“外交トラブルを避けるため”
に存在しています。
もし日本国内で外国の国旗が燃やされれば、外交問題や国際摩擦に発展しかねません。
しかし、自国旗の場合は国内問題に留まります。
つまり、法律の目的自体が違うのです。
このため、
「外国旗を守っているんだから、日本の国旗も守るべきだ」
という理屈には、実は単純にはならないのです。
② 戦後日本の“国家主義への警戒”
日本では戦前、国旗や国歌が国家主義・軍国主義の象徴として使われた歴史があります。
その反省から戦後は、
「国家への敬意を法律で強制するべきではない」
という考え方が強く根付いてきました。
1999年に国旗国歌法が成立した際も、政府は「国旗侮辱罪を設ける考えはない」と説明しています。
つまり戦後日本は、
“国家シンボルへの敬意は、刑罰ではなく国民の自由意思に委ねる”
というスタンスを取ってきたわけです。
③ そもそも現行法で対応可能という考え
さらに実務面でも、
「新しい法律をわざわざ作らなくても、既存法で対応できる」
という考えがあります。
例えば、
- 他人の国旗を壊せば器物損壊罪
- 公共施設で暴れれば威力業務妨害
- 学校や役所で暴れれば建造物侵入など
既存の法律である程度対処可能です。
つまり、
「本当に新しい罪を作る必要があるのか?」
という疑問が残るわけです。
多くの日本人が感じるのは「国家の尊厳」なのか?
ここが個人的には、一番大きなポイントだと思っています。
確かに、日の丸を燃やされたり破られたりすれば、多くの人は嫌な気持ちになるでしょう。
ですが、その感情って本当に「国家の尊厳が傷ついた!」というものなのでしょうか?
むしろ、
- 物を粗末にしている
- わざと人を不快にさせている
- 過激で下品
- 他人が大切にしているものを踏みにじっている
こういう“マナー的な不快感”に近い気がするんですよね。
つまり、多くの国民の感覚は、
「嫌な行為ではある」
けれど、
「国家権力が刑罰で介入するほどか?」
となると、少し距離がある。
ここに、政治家側との温度差を感じます。
政治家が守りたいのは「国家のメンツ」
一方、推進派が重視しているのは、もっと国家レベルの話です。
- 日本は自国の象徴を軽視していいのか
- 国際社会で弱く見られないか
- 国家への侮辱を放置していいのか
つまり、“国家の威厳”や“メンツ”の問題です。
もちろん、その考え方自体を否定するつもりはありません。
ただ、個人的には、
「そこに今どれだけ優先順位を置くべきなんだろう?」
とは感じてしまいます。
本当に今、優先すべき問題なのか?
現在の日本には、
- 物価高
- 少子化
- 実質賃金の低下
- 社会保険料負担
- 外交・安全保障
- 地方経済の衰退
など、生活に直結する課題が山積みです。
その中で、「国旗損壊罪」の議論に長い時間を使うことに、違和感を覚える人がいても不思議ではありません。
もちろん、国家の象徴をどう扱うかは大切なテーマです。
ですが、それを刑罰で縛ることが本当に社会に必要なのか。
そこは慎重に考えるべきでしょう。
法律で“感情”をどこまで扱うべきなのか
この問題が難しいのは、
- 「嫌なものは嫌」
- 「でも法律で縛るのは危険」
という両方の理屈に、一理あるからです。
だからこそ、この議論は何年経っても決着がつかないのでしょう。
個人的には、ここまで長年答えが出ないのであれば、一度棚上げして、もっと優先順位の高い問題に集中するという選択肢もあっていい気がします。
国旗を守ることより先に、国民の生活や未来を守ることに力を入れてほしい。
そう感じてしまうのは、筆者だけでしょうか?
皆さんは、この「国旗損壊罪」の議論についてどう思いますか?
それではまた別の記事でお会いしましょう
🟡 おまけコーナー:「明日って何の日?」
6月18日
【海外移住の日】
1908年(明治41年)のこの日、日本からの本格的な海外移民の第一陣を乗せた船「笠戸丸(かさとまる)」が、ブラジルのサントス港に到着したことに由来しています。
記念日の概要
- 制定年:1966年(昭和41年)に総理府(現:内閣府)が制定しました。
- 目的:日本から海外へ渡った移住者の歴史や国際社会への貢献を振り返り、日本と移住先との友好関係を促進することです。
- 現地の動き:ブラジル現地でも、この日は「日本人移民の日」として重要な記念日に指定されており、各地で記念行事が行われます。
関連する記念日:「国際日系デー」
海外移住の日に近い6月20日は、「国際日系デー」に定められています。
1868年のこの日、日本最初の集団海外移住者である「元年者(がんねんしゃ)」がハワイに上陸したことに由来しており、世界中の日系人の連携を深める日となっています。
毎年6月中旬には、国際協力機構(JICA) や各自治体、海外日系人協会 などにより、日系移民の歴史を伝えるイベントや展示が企画されています。