成人の日になるたびに考える「大人」とは何か
今年も『成人の日』がやってきました。
全国各地で成人式や「ハタチの集い」と呼ばれる式典が開催され、多くの若者たちが人生の節目を迎えています。
私自身、成人式を迎えたのはもう20年以上前になります。
しかし今でも時々、
「自分ってまだまだ子供だな……」
と思うことがあります。
年齢だけ見れば立派な大人ですが、精神的にはまだまだ未熟だと感じる場面も少なくありません。
もしかすると、本当の意味での「大人」になることは、年齢とは別の話なのかもしれませんね。
成人式と聞いて毎年思い出すこと
成人の日が近づくたびに、私が毎年思い出すことがあります。
それは『荒れる成人式』です。
ニュースでは毎年のように、
- 車やバイクによる暴走行為
- 式典中の騒動
- 酒に酔っての迷惑行為
などが取り上げられます。
もちろん、そうした行動を取るのはごく一部の人たちです。
大多数の新成人は真面目に式へ参加し、家族や友人との再会を喜んでいるはずです。
それでも、毎年のように同じようなニュースが流れると、
「成人とは何だろう?」
と考えさせられます。
また、以前には晴れ着のレンタル会社が突然連絡不能になり、多くの新成人が振袖を着られなくなるという出来事もありました。
人生に一度しかない大切な日だからこそ、多くの人の記憶に残っている出来事だと思います。
「成人」とは何なのだろう?
当時の日本では、20歳になることが「大人になること」の一つの基準でした。
お酒やタバコ、選挙権なども含めて、20歳という年齢には特別な意味がありました。
では、20歳になった瞬間に人は大人になるのでしょうか。
私はそうは思いません。
自分が20歳だった頃を振り返ってみても、正直なところ今と比べて特別何かが変わったわけではありませんでした。
責任感が急に芽生えたわけでもなく、
「今日から立派な大人として社会に貢献するぞ!」
と思った記憶もありません。
むしろ、
「昨日までと何が違うんだろう?」
という感覚の方が強かった気がします。
もちろん、人によっては明確な目標や夢を持ち、社会へ飛び出していく覚悟を決めていた人もいるでしょう。
だからこそ、大人になるタイミングは人それぞれなのだと思います。
大人とは年齢ではなく行動なのかもしれない
年齢を重ねれば誰でも成人になります。
しかし、本当の意味で大人になるには時間が必要なのではないでしょうか。
自分の行動に責任を持つこと。
相手の立場を考えること。
失敗から学び、成長しようとすること。
そういった積み重ねこそが「大人らしさ」なのかもしれません。
だから私は今でも、
「自分はまだまだ成長途中だな」
と思うことがあります。
年齢を重ねても学ぶことはたくさんありますし、完成された人間など存在しないのかもしれません。
願わくば、そのエネルギーを未来へ
毎年、荒れた成人式のニュースを見るたびに思います。
若さゆえの勢いやエネルギーがあること自体は決して悪いことではありません。
むしろ、その力は素晴らしいものです。
ただ、そのエネルギーを誰かに迷惑をかけるためではなく、自分自身の未来のために使ってほしい。
そう願わずにはいられません。
みんなが同じ考え方をする必要はありません。
右を向く人がいてもいい。
左を向く人がいてもいい。
上を向く人がいてもいい。
大切なのは、自分が向いた方向へ責任を持って進んでいくことではないでしょうか。
成人の日は、新成人だけの日ではなく、私たち自身が「大人とは何か」を改めて考える日なのかもしれません。
皆さんは、成人の日になると何を思いますか?
それではまた別の記事でお会いしましょう。
🟡 おまけコーナー:「明日って何の日?」
1月14日
【褒め言葉カードの日】
「褒め言葉カードの日」とは、家族や職場の仲間を褒めて感謝を伝え、コミュニケーションを豊かにすることを目的に制定された記念日です。
この記念日の主な特徴や詳細は以下の通りです:
- 由来・日付の理由:「い(1)い(1)よ(4)」という言葉の語呂合わせからきています。相手を肯定したり、寛容な気持ちで「いいよ!」と声をかけたりする優しいニュアンスが込められています。
- 制定した団体:一般社団法人・日本褒め言葉カード協会(日本記念日協会認定)。
- 目的:褒め言葉を通じて家庭や職場を明るく幸せにし、相手の自己肯定感を高めて子どもたちに夢と希望を与えること。
この日は何をするの?
「いつもありがとう」「さすがだね」「助かっているよ」といったプラスの言葉をカードに書き、直接渡したりデスクにそっと置いたりして、日頃の感謝や相手の良いところを伝え合うアクションが推奨されています。